責めるより、理解する

人はときどき、
誰かを否定することで、
自分の正しさを確かめたくなることがあります。

「あの人は間違っている」
「私はあんなふうにはしない」
「だから私は大丈夫」

そんなふうに、
相手との違いをはっきりさせることで、
自分の立っている場所を守ろうとする。

そういうことって、
誰の中にも少しはあるのかもしれません。

でも、
その矛先が自分に向くこともあります。

「あのとき、もっとちゃんとできたのに」
「どうして私はいつもこうなんだろう」
「こんな自分ではだめだ」

自分を否定することで、
反省しているような気持ちになったり、
何かを償っているような気持ちになったりすることがあります。

けれど、
自分を否定し続けることで、
本当には何が得られるのでしょう。

間違いを認めることと、
自分そのものを傷つけ続けることは、
少し違うのだと思います。

反省は、
これからを少し変えるためにあるもの。

でも自己否定は、
心をその場に縛りつけてしまうことがあります。

うまくいかなかったことを、
なかったことにしなくてもいい。

でも、
「だから私はだめなんだ」
というところまで自分を追い込まなくてもいい。

間違えた自分にも、
未熟だった自分にも、
そのときなりの理由や背景があったのかもしれません。

人を否定しても、
自分の正しさが本当に育つわけではない。

自分を否定しても、
自分がより良い人間になるとは限らない。

必要なのは、
誰かを責めることでも、
自分を責め続けることでもなく、

何が起きていたのかを、
静かに見つめることなのかもしれません。

責めるより、理解する。

その方がきっと、
次の一歩につながっていくのだと思います。

投稿者プロフィール

柴垣 友佳里
柴垣 友佳里くれたけ心理相談室(江南支部)心理カウンセラー
愛知県の江南市を拠点に、犬山市・小牧市・一宮市などで、対面カウンセリングやオンラインカウンセリングをさせていただいています。

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