朝になると、身体が重くなる。

目は覚めているのに、
起き上がるまでに時間がかかる。

学校のことを考えるだけで、
胸のあたりが重くなる。

「行かなきゃ」
「休めない」
「子どもたちが待っている」

そう分かっているからこそ、
余計につらくなることがあります。

学校に行きたくない。
でも、行かなければいけない。

その間で、ひとりで苦しくなっていませんか?

先生という仕事は、
責任感だけで何とかしようとしてしまいやすい仕事です。

子どものこと。
保護者のこと。
学級のこと。
職場のこと。

どれも大切だからこそ、
自分のつらさを後回しにしてしまうことがあります。

けれど、学校に行くのがつらいと感じる時、
それは甘えや弱さではなく、
心や身体が「もう少し立ち止まりたい」と伝えているサインなのかもしれません。

ここでは、
学校に行くのがつらい先生の心の状態について、
少しずつ整理していきます。

朝になると、学校へ向かう力が出ないことがあります

起きる前から、学校のことが頭に浮かぶ

目が覚めた瞬間に、
今日の予定が浮かぶ。

授業のこと。
子どものこと。
保護者への連絡。
職員室でのやり取り。
昨日の出来事の続き。

まだ布団の中にいるのに、
心だけはもう学校に向かっている。

そんな朝が続くと、
起きる前から疲れてしまうことがあります。

「今日もまた始まる」

そう思うだけで、
身体が重くなることもあります。

学校に着く前から、気持ちが張りつめている

通勤の道。
駐車場。
校門。
職員室の入口。

学校に近づくほど、
少しずつ心が固くなっていくことがあります。

誰かに会う前から、
子どもたちの前に立つ前から、
もう緊張している。

そんな状態で一日を始めるのは、
思っている以上に大きな負担です。

学校に行くことそのものよりも、
学校に着いた瞬間から始まる役割の重さに、
心が反応している場合もあります。

「休みたい」と思う自分を責めてしまう

本当は休みたい。
でも、休めない。

そう思う時、先生は自分を責めやすくなります。

「子どもたちに申し訳ない」
「周りに迷惑をかける」
「こんなことで休んではいけない」
「もっと頑張っている先生もいる」

そんな言葉が、
頭の中で何度も繰り返されることがあります。

けれど、休みたいと思うほどつらい時、
そこには何か理由があります。

休みたい気持ちは、
責めるものではなく、
心や身体の状態を知るための大切な手がかりになることがあります。

→関連ページ:
「自分を責めてしまうとき」

学校に行くのがつらくなる背景

一日中、気を抜けない状態が続いている

先生の仕事には、
気を抜けない場面がたくさんあります。

授業中の子どもの様子。
休み時間のトラブル。
保護者への対応。
職員室での空気。
提出物や事務作業。
行事や会議の準備。

一つひとつは日常の仕事でも、
それが重なり続けると、心は休まりにくくなります。

学校にいる間ずっと、
どこかで神経を使っている。

その積み重ねが、
朝の重さとして出てくることがあります。

子どものことを考えすぎて、心が休まらない

子どもたちのことを大切に思う先生ほど、
学校を離れても、子どものことが頭から離れないことがあります。

あの子への声かけは、あれでよかったのか。
あの対応で傷つけていないだろうか。
明日はどう関わればいいだろうか。

そう考え続けているうちに、
家に帰っても、心が学校に残ったままになることがあります。

先生として真剣だからこそ、
考え続けてしまう。

けれど、考え続ける時間が長くなると、
心の休む場所が少なくなってしまいます。

保護者対応や職場の関係が重くなっている

学校に行くのがつらい背景には、
子どもとの関係だけではなく、
保護者対応や職場の人間関係が関係していることもあります。

保護者からの言葉が頭に残っている。
職員室で相談しづらい。
管理職や同僚との関係に気を使う。
誰にどこまで話していいか分からない。

学校という場所は、
子どもと向き合う場であると同時に、
大人同士の関係の中で働く場でもあります。

その緊張が続くと、
学校そのものが重く感じられることがあります。

→関連ページ:
「保護者対応に疲れてしまったとき」

「先生なんだから」と自分に言い聞かせてしまう

先生だから、しっかりしなければ。
先生だから、弱音を吐いてはいけない。
先生だから、子どもの前ではいつも通りでいなければ。

そう思うことは、
先生としての責任感でもあります。

けれど、その思いが強くなりすぎると、
自分の苦しさを見ないまま、無理を続けてしまうことがあります。

先生という役割は大切です。

でも、その役割の前に、
先生自身も一人の人です。

つらさを感じることも、
疲れることも、
限界を感じることもあります。

学校に行けないほどつらい時、自分を責めすぎないでください

つらさは、心や身体からのサインかもしれません

学校に行くのがつらい時、
人はつい「自分が弱いからだ」と考えてしまいます。

けれど、つらさは、
心や身体からのサインであることがあります。

もう少し休みたい。
これ以上一人で抱えたくない。
今のままでは苦しい。

そうしたサインを、
心や身体が先に出しているのかもしれません。

無理に押し込める前に、
今の状態を丁寧に見ていくことが大切です。

「行けるかどうか」だけで判断しなくても大丈夫です

学校に行ける。
行けない。

その二つだけで、
自分の状態を判断しようとすると苦しくなることがあります。

大切なのは、
行けているかどうかだけではありません。

学校に行けていても、
心が限界に近いこともあります。

逆に、立ち止まることで、
自分の状態を見つめ直せることもあります。

「行けているから大丈夫」
「行けないからだめ」

そう決めつけず、
今の心の状態を見ていくことが必要な場合があります。

すぐに答えを出そうとしなくても大丈夫です

休むべきか。
続けるべきか。
異動を考えるべきか。
辞めるべきか。

つらさが強くなるほど、
早く答えを出したくなることがあります。

けれど、心が疲れている時に、
大きな決断を急ぐのは苦しくなることもあります。

まずは、
今何がつらいのか。
どこで無理をしているのか。
何を守ろうとしてきたのか。

そこを整理することから始めても大丈夫です。

学校の外で、気持ちを整理してみる時間

職場の中では話しにくいことがあります

学校の中にも、
相談できる相手がいる場合はあります。

けれど、同じ職場だからこそ、
話しにくいこともあります。

評価に関わるのではないか。
誰かに伝わってしまうのではないか。
迷惑をかけるのではないか。

そう思うと、
本当の気持ちを言葉にできなくなることがあります。

少し外の場所で話すことで、
職場の関係から離れて、
自分の気持ちを整理しやすくなることがあります。

先生という役割を少し下ろして話しても大丈夫です

学校では、先生として話すことが多いと思います。

落ち着いて。
丁寧に。
責任を持って。
周囲を見ながら。

それは大切なことです。

けれど、カウンセリングでは、
先生として正しく話さなくても大丈夫です。

うまく言えなくても、
まとまっていなくても、
弱音のように感じる言葉が出てきても大丈夫です。

先生という役割を少し下ろして、
一人の人として感じていることを、
ゆっくり言葉にしていく時間です。

これからどうしていくかを、一緒に整理していくこともできます

学校に行くのがつらい時、
一人で考え続けるほど、
頭の中がいっぱいになってしまうことがあります。

今の状態をどう見るのか。
何に疲れているのか。
誰に相談できるのか。
休むことを考えるのか。
続けるために何が必要なのか。

そうしたことを、
一つずつ整理していくこともできます。

カウンセリングは、
答えを押しつける場所ではありません。

今の気持ちを大切にしながら、
これからのことを一緒に考えていく時間です。

一人で抱え込み続けてしまうときは

学校に行くのがつらい。

その言葉を口にすること自体、
とても勇気がいることかもしれません。

「先生なのに」
「子どもたちがいるのに」
「周りに迷惑をかけるのに」

そんな思いが浮かんで、
自分の苦しさを後回しにしてしまう方もいます。

けれど、先生自身の心も、
大切にされていいものです。

うまく話せなくても大丈夫です。
整理されていないままでも大丈夫です。

少しずつ言葉にしていくことで、

・何が学校へ向かう足を重くしているのか
・どこで気を張り続けていたのか
・本当はどうしていきたいのか

が見えてくることがあります。

学校の中では話しにくい気持ちを、
少し外の場所で整理してみませんか。

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