自分で選んだことではないけれど

今日は、よく晴れた土曜日です。

窓を開けると、空気が軽くて、
「まあ、いろいろあるけれど、ひとまずやっていこうか」
という気持ちになります。

日々の中には、
自分で決めたわけではないのに、
いつの間にか自分も関わっていることがあります。

職場の方針。
家族の予定。
誰かが始めた流れ。
気づいたら自分も担っている役割。

最初は、少し距離を置いて見ていることもあります。

「私は決めていないし」
「本当は、こうしたかったわけではないし」
「これは私の問題ではないし」

そんなふうに、心の中で少し線を引いている。

もちろん、それが必要なときもあります。
なんでもかんでも自分の責任にしてしまう必要はないし、
背負いすぎることがよいわけでもありません。

けれど、不思議なことに、
それらは少しずつ
自分とは無関係なものではなくなっていきます。

会社のこと
学校のこと
家族のこと
自分がいる場所の空気や流れ

いつの間にか、自分の一部のようになっていく。

それは、悪いことばかりではないのだと思います。
自分のアイデンティティにもつながっていくもの。

ただ従わされているだけではなく、
ただ巻き込まれているだけでもなく、
今の自分は、どんなふうに関わるのか。

そこに目を向けると、
少し見え方が変わることがあります。

たとえば、
「これは会社の方針であって、私の考えとはちがう」
と思っていると不満が残りやすい。

でも、
「私が決めたことではないけれど、私はここに関わっている」
と思ってみると、
自分の立ち位置が少し戻ってくることがあります。

どこで意見を出すか。
どこは無理をしないか。
自分らしさを保ったまま、どう関わるのか。

そんなふうに
主体的に考えることができるようになってくると
自分の足場が見えてくることがあります。

自分が関わる場の
全部を好きにならなくてもいいし、
全部を正しいと思わなくてもいい。

ただ、自分で
そこでの立ち位置を選んでいく。

それだけで、
もやもやしていた気持ちが、
少し落ち着くことがあります。

自分が選んだことも、
選んだわけではないけれど関わっていることも、

どれも少しずつ、
今の自分をつくっている。

そう考えると、
目の前の出来事との距離の取り方も、
少し変わってくるのかもしれませんね。

晴れた土曜日の空の下で、
そんなことを思いました。

投稿者プロフィール

柴垣 友佳里
柴垣 友佳里くれたけ心理相談室(江南支部)心理カウンセラー
愛知県の江南市を拠点に、犬山市・小牧市・一宮市などで、対面カウンセリングやオンラインカウンセリングをさせていただいています。

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